ストリート撮影に何を見出すべきか

ストリート撮影に何を見出すべきか

 

 

ちょっと観念的な話ですが、

ストリート撮影、この存在がおざなりになっている気がしたので、ちょっと考えを巡らせてみる。

 

 

僕はスタジオでのアーティスト写真やファッションアイテムに関する写真など、
そっち方面でご依頼をいただくことが多いです。

いずれもライティングを主体とし、きちんと手脚の位置・バランス・スタイルと表情の良い写真を狙うものが多いです。

 

 

上記の理由から、2012年から始まったうずらフォト。

背景紙を舞台に、ライティングを主体とした撮影会を数多く展開しました。特に2013-2014年の一年間は濃厚で、撮影会シーンは水着の女性を撮るということへのニーズが絶大だった風潮に真っ向から反することにしました。

ファッションだけで勝負する、背景紙だけで勝負する。ストロボは常用とする。

 

 

長くなりそうなので、割愛(笑)

 

 

こういう経緯から、屋外での撮影に対しては当面僕が興味を持たず(だってライティング超楽しいやん!の一辺倒)、
うずらフォトは地下にこもり、太陽の光を浴びる機会は極めて少なかったのです。

 

それが時代の流れ、次第にストリート撮影を行いはじめ(それもスタジオ周辺のみ)、
夜間が多く(笑)

その目的としても、屋外にも素晴らしいライティングがある!(野良ライティングとか言ってたw)その光を見つけ、瞬時に我がモノとし、うまく撮影しよう、それを連続して、連続して、訓練しよう!

的なテーマで実施していました(笑)

いまでもナイトストリートはこういう精神ですが。

 

 

あくまでもライティングが主体すぎて(それは良いのだけど他に目をやる僕の余裕が足りなかったというのも多分にあると思います)、
2015年くらいから、これまでの地下篭もりから大きく状況が変わります。

なんと沖縄、奄美、四国と遠征が続きます。

 

また話が長くなりそうなので割愛。

 

 

 

 

 

 

スタジオ撮影とストリート撮影の対比を改めて考えます。

 

 

キチッ、キチッと撮るスタジオ。

それに対比して、躍動感というか、その人間の生きている感じ、ライブ感を撮りたいと「僕は」思っています。

 

そりゃもちろん撮影会な訳ですから、撮られる側にカメラを意識しない自然な姿ってのは嘘になります。

意識していますからね、撮られることを。

だけど、だからといって悲観することもありません。撮る側の工夫・技術でカバーできると思います。

 

 

撮影スタイル、均一な方が多く見受けられます。

撮り方。

 

 

スタジオでもストリートでも同じ。

 

それも良いです、自由ですから。
ただ僕としては、あくまでも僕としてはですよ

ストリートにある雑味を取り入れたいと思っています。それでこそ路上の始末を写真に押し込めると思います。

 

路上で、スタジオよろしく決め撮りをすることも良いのですが
そればっかり、ってのはやっぱりつまらない。

もちろんライブ感ばっかり、ってのも同様です。

 

やはりパターン数、バリエーションですね。

 

 

シャッターの感覚、間、これはカメラマンにとっての歌声なわけで
音痴では駄目だと思うんです。

 

 

この話はすごくこだわりがあるのでまたの機会にしますm(_ _)m

 

 

 

 

路上の始末、

模索しませんか?

 

 

おしまい(●´ϖ`●)