少しばかり技術的な部分に偏って考えてきたかも知れない、そう反省しています。

その原因が何だったかは、明確にわかってはいないのですが、やはり良い写真を撮りたい!という欲求が、ぐるぐる渦巻いている中で生活をしているからだろうと思います。

考えさせられた記事「天才アラーキー傘寿を語る」

そんな中、以下のような記事を目にします。

https://www.excite.co.jp/news/article/Gendai_756778/

たけしさんのポートレートを撮らせてもらった。年末のさ、テレビとかで一番忙しい時に(2014年年末)、2時間ぐらい時間をつくってくれたんだ。忙しいのに付き合ってくれて、嬉しかったね。今度はスタジオで撮ったんだ。バックは無地で、たけしさんとサシで撮った。何も話さなくても、気持ちが行ったり来たりしてね。撮影は15分くらいだったね。

https://www.excite.co.jp/news/article/Gendai_756778/

「顔」を撮ること

「顔」とても大事なものだ。

カメラマンというものは、その「顔」を撮りたいという欲望がある。そしてその撮影した写真をもって、被写体を表現したい、伝播したいという思いも併せ持っていると思う。

一流のクリエイターたちだけじゃない、誰だってこのものづくりの楽しさを体感できる。それが撮影会の良いところではないだろうか。

上記の記事には、日々撮影会などでよく行われる写真に関するようなキーワードが見当たらない。

これが答えなんだろう。

模索していた撮影会のカタチ

模索していた考えが次第に明確になっていきます。うずらフォト、撮影会としてもまだまだ成長の途中だな、そう感じた真夏の夜の出来事でありました。

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