デジタルカメラはシャッターボタンを押せば、すぐに結果が返ってくるすごい機械だと思う。
とか書くとフィルムカメラ好きな人って感じになってしまうけど、実はデジタルカメラから入った新米カメラマンです。

その代わり、クリエイティブ的なことは小学校に入ってから繰り返してきまして
あまり語ると自慢みたいで相当うざいので、Blogでこっそり・・

手作りのサイコロを使ったゲームを使って休み時間にクラス中で騒いだり、新しい競技的なものを考えては仲間と遊んだり、ごっこ遊びの台本を書いてみたり、野山の遊びに企画を取り入れたり、放送室でラジオっぽいものを録ってみては友達に配布したり、、などなど書き始めると下手の横好きがバレますが、遊びというか趣味というか流行したものにすぐ飛びついては、そしてそれを真似する、作り手側に周りたがる「癖」があるようでした。

簡単に言えば、目立ちたいヤツ ってことですね(笑)

やがて社会人になり、仕事であってもそういう送り手的なことをやらせてもらうようになり、規模は狭いながらも自分印を押し通せるような状況にありました。

ある先輩からもらった言葉で好きなフレーズのひとつにこんなものがあります。

「どんな仕事をするにしても、自分のファンをどれだけ作れたかどうか」

どれくらい実現できているかは、なかなか戸惑うところではありますが、そういうスタンスで現在進行形で邁進しています。

話が大きくそれました。戻ります。

すぐに結果を出してくれるデジタルカメラは、とても衝撃的でした。
長い時間をかけて制作し、やっと日の目を見る成果物を生業としてきた自分にとって一瞬で創造されるカメラは魔法でした。一瞬にしてその虜となり、作る→出す→反響を得る→改善する、そしてまた作るといったサイクルをかつてない速度で回転させるようになります。

その結果、自分は特別な存在ではないことを理解しました。悲しい記事になってきました(笑)
でも自分が非凡ではないことを理解するほどに冷静さを持っているつもりです(笑)

昭和やエレジーなものに魅了され、憧憬を禁じえない路地裏も好きだし、ゴシックやローキーなのも好き。

俺イズムを炸裂させたいところですが、これって誰もが大好きなキャッチーなことだったわけです。

しかしながら、かといって悲観しているわけでもありません。
好きなものは好きで良いし、ニーズのあるものであるなら、それを研鑽したいというコツコツやる楽しさというものが潰えたわけではありません。

人物撮影に傾倒する傍ら、スナップも楽しんでいます。
ということで、非凡夫ならざる写真家の、素敵な街の被写体さんたちをご覧いただき、切ないこの記事(笑)を終わりとさせてください\(^o^)/




追記

やはり似合わないことはやめて、本流の人物写真に邁進したほうがいいという「気づき」を得られたことを、ここにご報告いたします(笑)

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